日本に残る懐かしい街並3選〜関西・中国地方編

レトロコラム

あなたは、古い街並・懐かしい街並と聞いてどんな風景を想像するだろう?

古い街並は日本に点在していて、観光スポットとして人気だ。

ひとことで古い街並といっても、大きく分けて2種類ある。

  • 江戸時代や明治時代前期などの建物が残る「歴史的町並」
  • 大正時代や昭和時代、とくに戦後の高度経済成長期のころの建物や雰囲気が残るレトロな街並

これまで観光スポットとして注目されてきたのは、多くの場合は歴史的町並のほう。しかし、近年は「レトロ」「ノスタルジー」などをキーワードに、レトロな街並も注目されている。

ミドル世代以上には懐かしく、若い世代には新鮮に映る景色。SNSでそんな写真を投稿するのも人気だ。非日常を味わいながら街を散策し、懐かしい気分にひたるのも楽しいだろう。

アサノヨウスケ
アサノヨウスケ

そこで、私の出身地であり長く生活をしている関西・中国地方に残るおすすめの「レトロで懐かしい街並」を、厳選して3ヶ所紹介!

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日本に残る懐かしい街並1:新世界(大阪府大阪市)

新世界(しんせかい)は、大阪府大阪市浪速区にあるエリア。

通天閣(つうてんかく)があるところといえば、ピンとくるだろう。

新世界の最寄りとなる交通機関は、大阪メトロの恵美須町(えびすちょう)駅、JR環状線の新今宮(しんいまみや)駅など。

通天閣を中心に昭和時代の面影を残した繁華街が広がり、「ジャンジャン横丁」などの商店街がある。

明治から戦後、数奇な歴史を経て生まれた「新世界」

懐かしい街並:大阪・新世界の串カツ
写真提供:アサノ・ヨウスケ

もともと新世界は、1903年(明治36年)に開催された第5回内国勧業博覧会(ないこく かんぎょう はくらんかい)というイベントの会場だった。

博覧会のあと陸軍の用地となったが、大阪市の管理地を経て、民間の土地となり、1912年(明治45年)7月に「新世界」として整備が完了した。

このとき、通天閣も完成。

新世界は、パリとニューヨークをコンセプトに開発されている。

このときの通天閣は現在と異なる初代通天閣で、パリのエッフェル塔と凱旋門を合体させたようなデザインだった。

しかし、第二次世界大戦が始まると通天閣は解体され、さらに新世界は大阪空襲で被災する。

戦後になり、1947年(昭和22年)にジャンジャン横丁が復興。

続いて1956年(昭和31年)10月、現在もある二代目通天閣が完成した。

そして、大阪万博開催に伴う整備のため、新世界の周辺に労働者が多く住むようになる。

そのため、新世界は労働者向けの飲食店や娯楽施設が多くなり、現在も残る新世界の街並の基礎が生まれた。

串カツに遊技にビリケン、新世界の懐かしいポイント

懐かしい街並:大阪・新世界の串カツ
写真提供:アサノ・ヨウスケ

新世界の懐かしのポイントは、さきほど紹介したとおり、労働者の街だったこと。

安くて手軽にお腹いっぱいになれる飲食店がたくさんあるのが新世界の魅力だ

大阪を代表するグルメである「串カツ」も、ここ新世界で生まれた。

ソースの二度漬け禁止」のルールも、労働者向けの店だったからできたルール。

いまも新世界にはたくさんの串カツ屋がたくさん営業している。

私は串カツが好きで、新世界で串カツを食べるとどこか特別な感じがする。

ほかに、レトロな遊びが楽しめるのも新世界ならでは。

昔の縁日で見かけたような射的などの遊技店、昔懐かしのゲームがそろうゲームセンターなどが今も残っている。

最後に、新世界の顔で、大阪のシンボルでもある通天閣。

頂上からは大阪の街並が一望できる。

そして、通天閣の象徴として有名な「ビリケン」像は、足をなでると幸運が訪れるとされ、今も人気がある。

大坂の賑わいを感じるなら新世界

新世界は、大阪に観光に来て、大阪の庶民的なにぎわいを味わいたいときに訪れるのがおすすめだ。

通天閣・串カツと大阪の象徴があることに加え、地元の人の暮らしに密着している街だからこそ、おもしろさがあるだろう。

日本に残る懐かしい街並2:玉島市街(岡山県倉敷市)

岡山県の倉敷市といえば、白壁の建物で知られる倉敷美観地区の印象が強いかもしれない。

しかし、倉敷市西部にある玉島地区は美観地区とは違った魅力のある街だ。

美観地区が歴史的町並みなら、玉島は昭和レトロで、ノスタルジーを感じるような街並。

人気映画『ALWAYS 三丁目の夕日』のロケ地にもなり、昭和中期の面影を残す街として注目されている。

港町としてかつて栄えた玉島市街

懐かしい街並:倉敷市玉島
写真提供:アサノ・ヨウスケ

玉島は古くは海だったが、江戸時代前期に内陸だった備中松山城下のための港として、備中松山藩が海を干拓して開発した。

それが玉島港(玉島湊)。

それ以来、玉島は港町として発展。

今も玉島は海に面している街だ。

近現代もかつての港町を中心に市街が形成されたが、最寄り駅である新倉敷駅(旧 玉島駅)から距離があり、さらに車社会の到来による街の郊外化などで、街の勢いは次第になくなっていった。

そのため、昭和時代の面影を残す商店街や建物が多く残っており、昭和レトロな街並として注目されている。

また、美観地区ほどの規模ではないが「町並み保存地区」もある。

玉島市街の懐かしさ溢れる姿を写真に収めよう

懐かしい街並:倉敷市玉島
写真提供:アサノ・ヨウスケ

かつては地域の中心的な繁華街だった玉島。それが昭和時代のまま取り残されたかのような雰囲気が残っているのが、玉島のポイントだろう。

レトロなデザインのアーケードが残る商店街、ノスタルジックな看板や懐かしい雰囲気の建物・店などがたくさんで、写真を撮りながら散策するととても楽しい。

モノクロやセピアで、玉島の街並の写真を撮るとおもしろいのでおすすめだ。

世代によって感じるものが違う街・玉島市街

レトロな雰囲気の建物や看板・街並などの写真を撮りたいなら、玉島をぜひ訪れてみてほしい。

昭和時代を過ごした世代には懐かしく、平成以降に生まれた世代には新鮮な気分を味わえるだろう。

日本に残る懐かしい街並3:尾道市街(広島県尾道市)

駅名が書かれた木製の看板

尾道は、広島県南東部にある街。

海に面した街で、千光寺(せんこうじ)などの寺も多い場所だ。

そして、地元出身の大林宣彦(おおばやし のぶひこ)監督の映画の舞台として有名。

ロケ地めぐりをするファンも多い。

猫とラーメンと懐かしいとが揃う尾道

懐かしい街並:尾道市尾道
写真提供:アサノ・ヨウスケ
ネギが使われたラーメン
尾道ラーメン

尾道市街は、南を海、北を山に挟まれた細長い土地にできた街。

平地部分にある本通り商店街には、昔ながらの雰囲気を残しながら、現在も地元住民の生活の場として活気のある店が多い。

また、山際は坂道が多く曲がりくねった複雑な道と、昔ながらの家屋が建ち並ぶ。

そして尾道にはネコが多い。

近年、全国からネコ好きがネコを見に尾道へ訪れている。

あとは、全国的にも有名なご当地ラーメン「尾道ラーメン」の発祥地であることも忘れてはいけない。

尾道市街の懐かしポイントは?

懐かしい街並:尾道市尾道
写真提供:アサノ・ヨウスケ

尾道の懐かしポイントは、単に古い雰囲気が残っているだけでなく、現在も住民の生活の一部として活躍している街並だということ。

懐かしいと同時に、現役の街なのだ。

街の人の息づかいが聞こえてきそうな雰囲気だからこそ、訪れる価値があるといえる。

昔ながらの建物を使った、カフェや服屋など今どきの店があったりして、おしゃれスポットも多いのもポイントだ。

それらに混じり、昔懐かしい駄菓子屋などの食料品店や雑貨店などもあって、散策するのも楽しいだろう。

また街並のすぐ近くに海があり、山もあるため、情緒あふれる景観も魅力だろう。

猫と猫好きに愛される懐かしい街・尾道

古い建物の間の道

さきほど紹介したとおり、尾道にはネコが多く、ネコ好きに人気のある街。

坂道の物陰や塀の上など、思わぬところでネコが昼寝をしていたりして、ネコが好きな人にはたまらない。

ネコ探して、尾道の路地をブラブラと散策してみてはいかがだろう。

あなたも風情あふれる街並とかわいいネコで癒やされるはず。

まとめ

人は懐かしい気持ちになると、気分がリラックスしたり、心がリフレッシュして前向きになれたりするという。

また、運動不足になりやすい現代社会だが、街を散策することで軽い運動にもなる。

気になる懐かしい街並・レトロな街並があれば、ぜひ出かけてみて街を散策してみてほしい。

いつもとは違った雰囲気の街を歩けば、心が洗われるような新しい発見もあるはず。

あなたも懐かしい街並を散策して「非日常」を味わってみてはいかが?

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アサノヨウスケ

昭和50年代生まれで「ビックリマン」「ネクロスの要塞」「めざせまるきん」がはやった世代。好奇心旺盛でフラッと出かけて地域の文化を探るのが好き。特に名物・銘菓・名産などに興味があり、裏側のストーリーをいろいろ調べたりする。ほかにもノスタルジックな建物や古い町並を散策したり写真撮影したりするのも好き。 Webサイト「きびナビ」運営。
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